【化学経済】天然ガスとアンモニア価格の推移から解かる事―プラスチック製造における中間体相場の眺め方―
- 本堀 雷太

- 2022年12月1日
- 読了時間: 8分
パナ・ケミカルの技術顧問を務めさせて頂いています本堀です。早いものでもう年の瀬ですね。
先日、横浜で久々にパナ・ケミカル主催の倉庫展示会が開催されました。
”倉庫展示会”と銘打っているもののコロナ対策の関係で倉庫への立ち入りは出来ませんでしたが、パナ・ケミカルの皆様が事前に撮影した倉庫管理の動画を用いて説明をして頂き、パナ・ケミカルの物流管理の状況をご理解頂けたものであると思います。
また後半はトークライブ形式の市況セミナーも開催され、資源プラやプラスチック廃棄物の物流の「現在」と「未来」について、様々な専門性を有するパネリストとパナ・ケミカルの社員、ご参加頂いたお客様の間で活発な意見交換が行われました。
時間の関係で一部取り上げる事が出来なかったテーマもありまして、今回はその一つについて解説させて頂きます。
それは、「アンモニア」です。
アンモニアと言いますと、「悪臭物質」とのイメージを持たれる方が多いかと思いますが、肥料や工業用途でとても重要な物質であり、アンモニアの存在無しには人類は存在する事ができないほど重要な物質なのです。
現在、アンモニアの工業的な製造は、主にフリッツ・ハーバーとカール・ボッシュにより1906年にドイツで開発された「ハーバー・ボッシュ法」により行われています。
この方法は、水素に空気中から分離した窒素を反応させてアンモニアを得るというものなのですが、問題は「原料の水素をどこから調達するか?」という点にあります。
従来は石炭や石油の熱分解により水素を製造していたのですが、現在は水素源に天然ガスを用いるプロセスが全世界的に広まっています。

そのためアンモニアの製造コストは天然ガスの調達価格の影響を受ける事になります。
ところが最近、クリーンなエネルギー源としての天然ガスに注目が集まり、特に欧州ではドイツを中心に急激に天然ガスシフトが進行しました。
この影響で欧州における天然ガス価格は上昇し、この不足分を補うために原油や石炭の価格も上昇してしまいました。

そこにロシアによるウクライナ侵攻が勃発し、欧州における天然ガス流通に甚大な影響を及ぼしています。
大陸欧州(コンチネンタル)においては、調達する天然ガスの多くをロシアからのパイプライン輸送に依存しており、特にドイツでは天然ガスの約4割、原油の約3割をロシア産が占めています。
ウクライナ侵攻によりロシアと西側諸国の関係が悪化する中、ロシアから欧州向けの天然ガス供給が滞り、欧州における天然ガス価格が急騰しています。

アルジェリアやオランダ、ノルウェー等からの調達の代替が進められているものの、天然ガス供給の不足は解消されず、当面天然ガス価格は高止まりの状況が続きそうです。
この天然ガス価格の上昇がアンモニア製造を直撃し、全世界的にアンモニア価格が上昇しています。下図をご覧下さい。

これは米国のフロリダ州タンパ港におけるアンモニア取引価格(CFR : 運賃込み条件)と欧州における天然ガス価格の推移を合わせて示したものです。
欧州における天然ガス価格の上昇と共にアンモニア価格も上昇しており、水素源である天然ガスの調達価格の上昇がアンモニア製造コストを釣り上げている状況が伺えます。
一つ注意して頂きたいのですが、「ロシアによるウクライナ侵攻がアンモニア価格上昇の直接要因である」という様な報道が一部でなされているのですが、これは誤りです。
上図を見て頂きたいのですが、ロシアによるウクライナ侵攻よりも前に欧州における天然ガス価格の上昇とアンモニア価格の上昇が起きています。
従って、直接的な原因は欧州における天然ガスシフトにあり、ここにロシアによるウクライナ侵攻に起因する欧州への天然ガス供給の滞りが追い打ちを掛けたと考えるべきでしょう。
後述しますが、アンモニア価格の上昇はプラスチック供給へもじわりじわりと影響を及ぼしていますが、目下最も大きな影響を受けているのが肥料供給です。
アンモニアの用途の8割は肥料向けと言われており、アンモニアの供給は世界の食糧生産に非常に重要なファクターとなっています。
またロシアとウクライナは世界でも最も重要な塩化カリウム(MOP)の供給国であり、アンモニアの由来の尿素やリン酸アンモニウム(DAP)と合わせて世界の食糧生産を支えています。
ところがロシアのウクライナ侵攻により西側諸国との関係が悪化した結果、肥料供給自体が滞り、その価格が急騰しています。
下図にアンモニア由来の尿素、DAP、それにMOPの価格推移を示しますが、ロシアによるウクライナ侵攻以降急騰している事がお解り頂けるかと思います。

世界の政情不安が資源配分や食糧生産に如何に悪影響を及ぼすか良く分かる事例ですね。
さて、この天然ガス価格の上昇は我が国におけるアンモニア調達にも影響を及ぼしています。
下図に我が国における無水アンモニアの輸入量と輸入価格の推移を示します。

欧州の天然ガスシフトとロシアによるウクライナ侵攻が、我が国のアンモニア調達に影響を及ぼしている様子が分かりますね。
アンモニアの国内生産についても同様で、天然ガス調達価格の上昇がアンモニア製造コストを釣り上げています。
我が国の化学メーカーはこれまでに無い程の異例なペースで価格改定を行っており、アンモニア供給が不安定化している状況が伺えます。

ここまで世界的なアンモニア供給の不安定化について見て参りましたが、続いて、これがどの様な形でプラスチック産業に影響を及ぼすのか見てみましょう。
先にも述べましたが、アンモニア供給の約8割は肥料向け(農業用途)となっています。故に残りの2割が工業用途という事になります。

最近は世界的に「脱炭素」の流れが盛んになっておりまして、実はアンモニアも水素などと並び脱炭素のカギを握る物質の一つとして注目されています。
例えば、アンモニアを冷媒として利用する技術(アンモニア吸収冷凍機など)は古くから知られていたのですが、臭気や材の腐食の問題から長い間注目されていませんでした。
ところがフロンガスの使用禁止や脱炭素の観点から、再び脚光を浴びています。
またアンモニアを燃料として用いる試みも本格化しています。石炭とアンモニアを混ぜて燃やす(混燃)すると劇的に二酸化炭素の排出量を減らす事が可能であるため、燃料としてのアンモニア需要が急拡大しています。最近ではアンモニアのみを燃やす「専燃」も技術的に検討されています。
さらにアンモニアを水素のキャリアとして利用する試みも行われています。次世代エネルギーの旗手として「水素」が注目されている事は御存知の方も多いと思います。水素自動車など一部は実用化されていますが、水素が社会に普及するためには、水素を効率的に輸送する必要があります。
ところが、水素の輸送は結構難しいんです。そこで輸送方法が確立している窒素と水素の単純な化合物であるアンモニアの形で輸送し、必要に応じて水素を取り出して利用する試みがなされているのです。
この様にアンモニアは新たな用途が次々と見出されている訳で、需要も拡大しています。
他方、我々の”飯のタネ”であるプラスチックについてもアンモニアは非常に重要です。
窒素原子を分子中に含むプラスチック原料、例えばポリアミド(PA)、ポリアクリロニトリル(PAN)、ABS樹脂、メラミン樹脂、尿素樹脂、ポリウレタン(PU)・・・、挙げればキリがありませんが、これらのプラスチックの窒素源は全てアンモニアです。
したがって、アンモニアの調達価格が上がれば、当然これらのプラスチック原料の価格は上昇するのです。
また分子中に窒素原子を含まなくても、製造工程でアンモニアを利用するものもあります。
例えばポリメタクリル酸メチル(PMMA)のモノマーであるメタクリル酸メチル(MMA)は出発原料にアンモニアを用いるプロセス(ソハイオ法)も存在しており、製造コストにアンモニアの調達価格が影響します。
更にプラスチックのコンパウンディングに用いられる各種の添加剤の中には窒素原子を含む物が多くあります。
可塑剤、滑材、難燃剤・・・、これも挙げればキリがありません。
まさにプラスチックにおける窒素原子の由来(窒素源)は、いずれも最終的にはアンモニアに行き着くのです。
故にアンモニアの価格動向を知る事はプラスチックの製造コストを把握し、プラスチック原料の市況を読み解くために非常に重要な情報となるのです。
今、化石資源の供給において、天然ガスの存在感が増しています。
クリーンなエネルギー源の天然ガスへの需要が拡大し続けると共に、冷媒や化学原料としての需要も拡大しています。
この状況下で、天然ガスを水素源として製造されるアンモニアの価格動向がプラスチック原料の供給動向へも大きく影響する事をご理解頂けました有難いです。
プラスチック原料製造の中間体の動向を理解する事は専門的な知識も必要で、なかなか取っつきにくい部分もあるかと思います。
この会員ページでは、折に触れてプラスチック相場、ひいては資源プラやプラスチック廃棄物の取引価格へ影響を及ぼす可能性のある事象について分かり易く解説して参りますので、お暇な折りにチェックしてみて下さい。
