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【Q&A】なぜ乳酸菌飲料の容器には耐衝撃性ポリスチレン(HIPS)を用いるのか?

パナ・ケミカルの技術顧問を務めさせて頂いています本堀です。

 

この会員ページでは、会員の皆様からの御質問を随時お受けしています。内容に応じて、パナ・ケミカルの担当者や各分野の専門家がお答え致します。

 

仕事柄、お客様から様々なご質問を頂くのですが、最近はプラスチックに関する社会の関心の高まりから、プラスチック製の包装容器に関するご質問が多く寄せられる様になりました。

 

先日、食品関係のお客様から、「乳酸菌飲料の容器に耐衝撃性ポリスチレン(HIPS)が使われてきた理由は何ですか?また最近、PETボトル入りの乳酸菌飲料が増えてきたのはなぜですか?」とのご質問を頂きました。

 

容器の素材の内訳やその素材が何故に使われているのかという理由を理解する事は、適切な処理やリサイクルを行う上で非常に重要なポイントです。

 

今回はその一例として、乳酸菌飲料の容器(ボトル)の素材についてお話させて頂きます。

 

従来、乳酸菌飲料の容器には、耐衝撃性ポリスチレン(High Inpact Polystyrene : HIPS)が使われてきました。

 

最近では、ポリエチレンテレフタレート(PET)製のボトルも増えてきましたが、HIPSとPETはどの様な形で使い分けられているのでしょうか?“化学の眼”を通して見てみましょう。

 



 

ポリスチレン(PS)は、安価で流動性(成形性)が高く、しかも透明で着色性の良い非常に使い勝手の良いプラスチックであるため、我々の身の回りで包装容器を含めた様々な用途に広く使われています。

 

しかし、こんなに素晴らしいPSなのですが、

 

1.硬いけど脆く、しかも耐衝撃性が低い(=低弾性)

2.耐久性(耐候性)が低い

3.軟化温度が低い(=耐熱性が低い)

4.燃えやすい

5.5.有機溶媒や油分への耐性が低い

 

などの“弱点”を有しています。

 

そのためPSを乳酸菌飲料の容器として利用する際には、輸送時の破損の恐れなど、耐衝撃性の低さを如何にしてカバーするかが課題となっていました。

 

そこで、ポリスチレンにゴム成分を添加したり、アクリロニトリル(AN)を共重合したりして、耐衝撃性や耐熱性の改善が進められてきました

 

この様にして生まれたのが、耐衝撃性ポリスチレン(HIPS)やAN樹脂(SAN)、ABS樹脂等の「スチレン系樹脂」です。

 



 

HIPSはPSにポリブタジエンやSBR等の「ゴム成分」を加えてアロイ化したもので、PSに比べて耐衝撃性が改善されています。

 

但し、PSへのゴム成分添加により耐衝撃性は向上するものの、添加量が増えると引張強度、耐熱性、耐候性、成形性は低下する点は注意が必要です。

 

またゴム成分の添加により、透明性が失われます。透明性の喪失は、食品包装としては大きな欠点となります。

 



 

HIPSの耐衝撃性の源泉は、その「ミクロ構造」にあります。

 

PSポリマーにポリブタジエンがグラフト共重合されたHIPS分子は、ゴム成分がPS分子鎖を内部に包含しつつゴム粒子を形成し、これがPSマトリックス相中に分散する「ミクロ相分離構造」を構築しています。

 

またPS成分とゴム成分の間(界面)は、グラフトPS鎖により結びつけられており、PSの中にゴム成分が、(1)偏りなく、(2)安定に分散している構造が形成されているのです。

 

まるで、PS成分の「海」の中に、ゴム成分が「島」の様に遍在しているので、この様なミクロ相分離構造の事を「海島構造」といいます。この海島構造がHIPSの耐衝撃性の源泉となります。

 



 

衝撃に由来する外力が加わっても、海と島の境界面(界面)で衝撃を吸収(=ゴム成分が変形する事で衝撃を吸収)する事が出来るのです。

 

PSをアロイ化する事で耐衝撃性が改善され、輸送時の衝撃に耐える安価なワンウェイの容器として乳酸菌飲料への利用が始まりました。

 

HIPS製のボトルには、もう一つのとても大きなメリットがあります。

 

それは「生産性の高さ」です。

 

HIPS製のボトルは、「射出ブロー成形法」により成形されるのですが、これはPETボトルの成形法で採用されている「押出ブロー成形法」よりも生産効率が高いのです。

 

射出ブロー成形法の流れを下図に示しますが、試験管状の予備成形体である「パリソン(プリフォーム)」の射出成形と、このパリソンのブロー成形を一連の流れの中で行うことができるのです。

 



 

PETボトルの成形の場合は、一旦射出成形でパリソンを成形し、これを改めて予備加熱してからブロー成形に供されるのですが、HIPS製のボトルの場合はパリソンの射出成形からブロー成形までを一気に行う事ができるのです。

 

こんな“芸当”ができるのは、(1)HIPSのPSに由来する高い流動性(成形性)、(2)HIPSの成形温度の幅が広いというHIPSの物性に由来しています(PETではこんな事はとてもできません)。

 

参考に一般的に行われているPETボトルの成形プロセスの一例(コールドパリソン法)を示します。

 



 

さて、この様にして長い間乳酸菌飲料用のボトルにはHIPSが利用されてきたのですが、21世紀に入って状況が変わってきました。

 

乳酸菌飲料の容器にPETを使う動きが本格化してきたのです。

 

1996年に500mlサイズのPETボトルが解禁されてから、清涼飲料や茶飲料、ミネラルウォーター向けのボトルにPETが急激に利用される様になりました。

 

乳酸菌飲料については「乳製品」に該当するため、その容器に関する規格(容器包装規格)は、食品衛生法に基づく省令である「乳及び乳製品の成分規格等に関する省令(乳等省令)」で定められているのですが、2002年の改正で乳酸菌飲料(発酵乳に該当)が含まれる第2群(調整液状乳、発酵乳、乳飲料など)」へのPETボトルの使用が認められました。

 



 

では、なぜ乳酸菌飲料にPETボトルが採用される事になったのでしょうか?

 

実は、以前から消費者から飲料メーカーに対して、「1回で飲み切る事が出来ない場合に備え、開閉可能なフタをボトルにつけて欲しい」との要望が寄せられており、この要望への対応が議論されてきました。

 

HIPS製のボトルにおいては、栓としてアルミシールが利用されていますが、このHIPS製のボトルに「ねじ口」を導入する事は技術的に非常に難しいです。

 

他方、PETボトルにおいては、ねじ口を成形する事はパリソンの射出成形において可能であり、高密度ポリエチレン(HDPE)製やポリプロピレン(PP)製のボトルキャップを備える事で自由に開閉する事が出来ます。

 

この「開閉の自由」という課題に対応するためにPETボトルが乳酸菌飲料に導入されたのです。

 

しかし、一つ大きな問題が浮上しました。それは「微生物汚染の可能性」です。

 

乳酸菌飲料等の乳製品は栄養価に優れるため、開封後に空気中に浮遊している微生物が入り込んでしまうと飲料内部で増殖する可能性があります。

 

開閉が自由となり、何回かに乳酸菌飲料を飲み分けと、微生物が飲料内部に入り増殖する可能性を排除する事ができません。

 

そこで、衛生的な見地から乳業協会が自主基準として、「飲み切り可能なサイズのみ製品化可能」という形でPETボトルが導入されました。

 

そのため今日、コンビニやスーパーで見かける乳酸菌飲料用のPETボトルは小さなサイズのものに限られるのです。

 

今回は乳酸菌飲料に利用されているHIPS製ボトルとPET製ボトルの技術的な背景についてお話させて頂きました。

 

身近なプラスチック製品には、いろんな“ヒミツ”があるんです!面白いですよね。

 



 

 

 

 

 

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