top of page

【労働安全衛生】「たかが“切り傷”、“刺し傷”でしょ。」とは言わないで

更新日:2025年6月16日

パナ・ケミカルの技術顧問を務めさせて頂いています本堀です。

 

今年は街路の桜の花も咲き始めていますが、一気に気温が下がる”花冷え”の日もあり、寒暖の差が激しいですね。

 

さて、私事で恐縮なのですが、技術コンサルタントという仕事柄、工場における安全や衛生に関するご相談を頂いたり、現場を巡検して問題点を指摘させて頂く案件というものが良くあります。

 

やはり従業員の方々が、安全で健康な状態で働く事が出来る職場環境を作り上げていく事が、多少遠回りであっても、生産性の向上や経営の安定化に繋がっていくと思います。

 

以前、建設廃棄物の中間処理を行っている工場を巡検した折に、現場の作業者の方から、「針金を手のひらに突き刺してしまったのですが、そのままにしておいたら翌日に手が腫れあがってしまい、高熱が出てしまいました。なんでですか?」とのご相談を受けました。

 

これは、針金によって傷つけられた手のひらの傷口を十分に洗浄・殺菌しなかったために、雑菌が侵入し、炎症を起こしたためであると思われます。

 

「たかが“切り傷”、“刺し傷”でしょ。」と思われる方もおられるかもしれませんが、場合によっては、感染症の発生などにより命に関わる大事に至る事があります。

 

よく労働安全衛生の世界では、現場での手当てで対応可能な、軽度の切り傷や刺し傷、擦り傷、打撲などの事は「赤チン災害」と言われ、軽く見る人もいまますが、これはとても危険な事です。

 

特に、廃棄物の処理に関する事業所においては、衛生状態が悪い事が多いため、“たかが切り傷”であったとしても、適切に対応しなければ従業員の方の安全や健康を守る事は出来ません。

 

皆様御存知の様に、プラスチックのリサイクルの現場では、中間処理に先立って異物を取り除く前処理が施されます。

 

多くの場合、作業者の手によって異物を取り除く訳ですが、その作業中に金属片の異物による刺傷や、プラスチックフィルムによる切傷(切創)が多発しています。

 



例えば、発泡スチロール製魚箱のリサイクルにおいては、魚箱表面に貼られたラベルや付着したビニールテープ片などの異物を、ナイフを用いて剥がしていますが、誤って手にナイフを刺してしまう事故が多く発生しています。

 


作業者の方は、当然手袋をしているのですが、ナイフの先端部は手袋を突き破って手の表面に刺さってしまいます。

 

私が発泡スチロールのリサイクル工場を巡検していた折も、この様な刺傷事故は発生しまして、作業者の方は急いで手袋を取り去り、周囲にいた同僚の人たちが救急箱を持ってきました。

 

問題はここからです。

 

同僚の人たちは、怪我をされた方の傷口に直接、泡タイプの傷薬(消毒薬)を吹き付け、そこへ絆創膏を貼ってしまいました。

 

実は、この手当の仕方は、全くダメなんです!皆様、どこがダメであるか判りますか?

 

順を追って説明しましょう。

 

まず、なぜ消毒が必要であるかという点ですが、刺傷により開いた傷口から細菌が侵入すれば、「細菌感染に伴う炎症」が発生するからですね。

 

炎症の症状としては、腫れ疼痛発熱などが起こるのですが、これは体内で細菌と体内を防衛する細胞が戦っているためでして、いわゆる「免疫」という機能が働いている訳です。

 

具体的には、傷口から細菌が体内に侵入すると、これを攻撃する白血球や、血の流出を止める血小板、皮膚を再生させる再生細胞などが送り込まれてきます。

 

これらの細胞が細菌をやっつけ、傷口を治すのですが、いきなり傷口に消毒薬を塗り付けてしまうと、侵入した細菌だけでなく、これらの味方となる細胞をも殺してしまうのです。

 

特に刺し傷の場合は、傷が深くなるので、消毒薬が届かない傷の奥の方まで細菌が侵入してしまいます

 

これら傷の奥の方まで侵入した細菌については、消毒薬による殺菌は期待できず、免疫機能による駆逐を望む事になります。

 

ところが、傷口にいきなり消毒薬を塗ってしまうと、免疫に関与する善玉の細胞を殺してしまい、傷の奥の方まで侵入した細菌をやっつける役割を担うものがいなくなってしまいます。

 

この結果、細菌は体内で繁殖してしまい、老廃物などが「膿(うみ)」となって発生します。いわゆる「化膿」という現象です。

 

つまり、傷口にいきなり消毒薬を塗ってしまうと、却って傷口の治癒が妨げられてしまうのです。

 

では、どうすれば良いのでしょうか?

 

まず、やらなければならない事は、「傷口の洗浄」です。水道水で傷口を洗い流すことにより、細菌をある程度流し出してしまいます。消毒薬の塗布はその次です。

 

そして、ガーゼなどで傷口を圧迫して止血を行います。これで、現場での処置は完了です。傷口が閉じず、止血できない場合は、医師の下へ行き、縫合などの処置を受ける事になります。

 

先にも述べました様に、廃棄物処理の現場の衛生状態は決して良くはありません。

 

腐敗性の有機物が付着した廃棄物や、建設廃棄物の様に土砂が付着したものについては、有害な細菌などの微生物が付着している事がありますので、特に注意を要します。

 

例えば、先にも述べました発泡スチロール製魚箱について、廃棄された状態で表面に付着した微生物を拭き取りにより採取して培養してみた所、実に様々な種類の細菌を観察する事ができました。

 


 

つまり、処理に供される廃棄物には、有害無害に関わらず、実に多くの細菌が付着しており、作業者にとっては感染のリスクが伴うという事になります。

 

特に建設廃棄物の様に、土砂が付着した廃棄物を扱う方に注意して頂きたい疾病に、「破傷風」があります。

 

破傷風は、土壌中に生息する「破傷風菌(Clostridium tetani)」が傷口から体内に侵入する事で起こる感染症の一種です。

 

この破傷風はとても怖い病気で、筋肉の痙攣などの神経障害を引き起こし、死亡率は50%にも達します。

 

これは、破傷風菌自体の作用というより、破傷風菌が人体内部で産出する「テタノスパスミン」という神経毒が脳や脊髄に作用するためです。他にも溶血毒である「テタノリジン」も産出する事が知られています。

 

破傷風への感染が認めらえた場合、「ペニシリン」「テトラサイクリン」といった抗生物質により破傷風菌をやっつける事になります。同時に、感染元である傷口の感染した組織や壊死した組織を除去する「デブリドマン」という処置を行います。

 

ただし、抗生物質では、破傷風菌の除去のみが可能で、破傷風菌が産出した毒素については、別途「抗破傷風免疫グロブリン」による中和を行います。

 

この様に破傷風の治療は非常に面倒なのです。

 

そのため、ワクチンの予防接種などで破傷風の感染を予防する事が広く行われています。

 

自治体によっては、廃棄物に触れる機会の多い収集運搬業務に携わる作業者に方に予防接種を義務付けているケースも見らえます。

 

大部分の細菌については、空気感染などのリスクはありませんし、破傷風の様に重篤化する事もほとんどありません。安心して日常の作業に従事して頂ければ良いと思います。

 

ただし、怪我に伴う傷口からの感染や、経口感染というリスクは常にありますので、作業時や作業終了時には十分な手洗いやうがい、消毒を適切に実施して頂きたいです。

 

そして、作業に用いる衣類や道具類は常に清潔な状態を保ち、作業場も清掃を適宜実施する事で衛生的な作業環境を保って頂きたいです。

 

また、免疫という作用は、体調によって大きく影響を受けます。そのため、管理者の方は、日頃から作業者の体調というものを留意して頂きたいです。

 

たかが“切り傷”や“刺し傷”なんですが、授業員の方へ適切な対処法を教育し、事故発生時に適切に対処する事で、従業員の方々が、安全で健康な状態で働く事が出来る職場環境を作りあげて頂きたいですね。

 

 

 
 
bottom of page