パナログ




この数年、中国輸入規制強化、海洋プラ、原油価格下落、コロナショックと大きな変化もありましたが、依然として、リサイクルプラスチック原料は、経済的に発展する海外諸国にとって「貴重なプラスチック資源」であります。

その中でも「J-EPS recycling」と呼ばれる「発泡スチロールリサイクルで出来上がった発泡スチロールインゴット」は、40年以上にわたり継続してリサイクルされ、累計100万トン以上、輸出されてきました。

これは、長年、全国2000社のお客様がコツコツと発泡スチロールをリサイクルし、発泡スチロールインゴットを製造してきた結果に他ならず、間違いなく貴重な「日本の戦略的輸出資源」であります。

今後も「資源を大切にすること、環境を守ること」を心がけながら、この「日本の戦略的輸出資源」を大切に継続していこうと思います。

小冊子:J-EPS recyclingストーリー




米NY原油先物価格が史上初のマイナスの価格となりました。

プラスチックリサイクルは20年余り続いてきたトレンドが急変し、大きな変革期を迎えています。まさにリサイクルのカタチが変わろうとしています。

弊社は40年以上、発泡スチロールインゴットの輸出をしておりますが、それ以外のプラスチックも2000年ぐらいから輸出が増え続け、中国が廃プラスチックの輸入を禁止する2017年までは、我が国のマテリアルリサイクル可能な廃プラの8割、約、年間150万トンが海外輸出されていました。

中国の輸入禁止、海洋プラ問題などプラスチックやリサイクルに対する認識もすっかり変わり、さらに今年に入り、新型コロナウィルス感染拡大、海外工場の停止、原油価格の暴落と、プラスチックリサイクルにとって暗い影を落としています。

しかしながら、決して海外輸出に将来性がないというわけではなく、「資源プラ」においては、再生原料の用途が豊富で、拡大する海外のマーケットの方が手堅い需要拡大があり、品質の管理と輸出の方法を間違わなければ、確実な将来性のあるマーケットと言えます。

まさに、弊社が掲げている「資源プラ」という品質感を持った永続的なプラスチックリサイクルの時代が到来しようとしています。

地産地消の国内リサイクルの育成も、とても大事です。それと並行して国際ルールに基づいた「日本産の貴重な資源」として「資源プラ」を位置付けていく未来を考えたいと思います。

小冊子:資源プラストーリー

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今年は新型コロナウイルス感染症の影響により、各地で桜関連のイベントが開催中止となってしまいました。

最近は日本の桜が、"SAKURA"としてアジアでも有名で例年、当社の海外のお客様がこの時期こぞって来日することが多いのですが、今年は全てキャンセル。

せめて写真だけでもと、桜の写真近くの公園で撮影しお客様達に送りました!

来年は、皆で笑って、桜の下でお花見ができるようになりたいですね。




現在、資源プラ協会と共に、「プラスチック資源を公正に効率よく、汚染することなく、継続的に循環させる」ことを目標に、資源プラの定義や認定制度を作ってきました。

私たちは、この資源プラのルールと考え方を、日本のプラスチック輸出のベース的なルールにしようと活動しています。


8年前から、同業者やリサイクルの専門家と「資源プラ」の取り組みをするうちに、コンサルタントや、大学の先生達や、国際税理の専門家などが集まり、基準が出来上がるのと同時に、私たちの回収する品質も向上せざるを得なくなりました。

当初、資源プラというコンセプトでさえ「品質を追いすぎている、理想でけれど」と言われてきましたが、昨今の中国の輸入規制や海洋プラ問題、原油価格の下落、バーゼル法改正などのハードルも、品質基準の高さとお客様の理解に支えられて、なんとか輸出ができています。

今後も私たちは、お客様と関係者、資源プラ協会と共に、持続的な未来のために社員一同頑張ります!!

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小冊子:資源プラストーリー




年に2、3回開催され、25回開催され、述べ1000人を超えるお客様が訪れている倉庫展示会という当社の顧客向けイベントで、毎回、有識者と市況セミナーというものを行なっています。

この当時のセミナーでは、この「資源プラ」という考え方は、「廃プラから資源プラという製品を作り出す」ということ、「リサイクルを日々行われている皆様は、処理業ではなく、製造業ということ」を毎回、話していました。

ある日、東北の産廃業者の二代目の方がセミナーを聞いてくれた後日、当社に来てくれて、涙しながら「資源プラを製造している我々はゴミ屋ではなく、製造業なんですよね! それに気が付いたら、ずっと拒んでいた会社の常務になれました。実はゴミ屋って子供の頃言われていて、それが嫌で絶対に父の会社継ぎたくなかったんです、本当にありがとうございます!」って言うんです。思わず私ももらい泣きしてしまった経験がありました。

こんな経験から、本当にこの「資源プラ」という言葉を世の中に広げたいと思い、業界の仲間を集い2018年8月7日に「一般社団法人 資源プラ協会」を設立したのでした。

(資源プラ物語4に続く)

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小冊子:資源プラストーリー



発泡スチロールのリサイクル処理機を購入しインゴットを作っていただいている顧客から、「発泡スチロールの魚箱は廃プラだけれど、出来上がったインゴットは資源プラなんですね」と言われ、とても大きな気づきがありました。

魚箱もインゴットも今まで廃プラと呼ばれていたので、リサイクル処理機はただ単に、「廃プラから廃プラに形を変える」だけの「処理」になるけれども、出来上がったインゴットを「資源プラ」と定義すれば、それは「廃プラから資源プラという製品を作り出す」という「製造」になると。

(資源プラ物語3に続く)


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小冊子:資源プラストーリー




中国の輸入規制や原油価格の下落、バーゼル条約の改正などここ数年で、最初は小さな「資源プラ」の活動がマスコミや環境省などに紹介され、徐々に大きな流れになりつつあります、何回かに渡ってその変遷を紹介していこうと考えています!


2012年から始まった資源プラの活動も、8年になります。

初めは社内で言い方を変えようという話でしたが、関係者が使うようになり少しづつ認知されるようになりました。
そのうち「資源プラ」という言葉の定義を決めようと、2015年に関係者が集まった会議が「資源プラサミット」でした。

そのサミットには、同業者やリサイクル工場、コンサルタントや機械メーカー、有識者などたくさんの方に集まっていただき、この名前が生まれました。
当初は、「資源プラと呼ぶことで、意識を変えて、品質を向上させよう」という目的で数千枚のポスターやチラシを作成し、自社の顧客中心に関係者に配布していきました。

そこから「資源プラと呼ぶことで意識を変える、プラスチックリサイクルの未来が変わる」というキーワードが生まれました。

(資源プラ物語2に続く)

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小冊子:資源プラストーリー



今年の夏の暑さや台風で、会社のオリーブの木や、初雪カズラ、ワイヤープランツなど被害を受けたのですが、この数ヶ月で、すっかり元気になりました。

我々もこの草花のように、厳しい環境の時も、しなやかに歩んでいきたいと思います。





外務省主催のロシア人経営者の日本企業研修の受け入れを行い真面目て、5年ほど行なっております。
すでに100人以上のロシア経営者にお会いしたと思います。

ロシアの方達は本当に明るくて好奇心旺盛、いつも当社の発泡スチロールリサイクル(J-EPS recycling)や資源プラの仕組みや考え方を、積極的に聞いてくれます。




外務省主催のロシア人経営者の日本企業研修の受け入れを行い真面目て、5年ほど行なっております。
すでに100人以上のロシア経営者にお会いしたと思います。

研修では数時間の座学を行なったり、倉庫や工場の見学をしたこともあります。このプログラムでは、若手のロシア人経営者が多く、日本から経営のアイデアを学ぼうととても積極的です。

ですから毎回時間が足りなくなってしまいます。





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