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【Q&A】なぜエンジニアリングプラスチックの成形性は悪いのか?

明けましておめでとうございます。パナ・ケミカルの技術顧問を務めさせて頂いています本堀です。


本年もパナ・ケミカルの社員と共に、会員の皆様にお役立て頂けるような様々な情報をこの会員ページにアップさせて頂きますので、宜しくお付き合いの程、お願い申し上げます。


この会員ページでは、会員の皆様からのご質問を随時お受けしています。内容に応じて、パナ・ケミカルの担当者や各分野の専門家がお答え致します。


さて、今回、プラスチックの成形加工業を営むお客様から、「エンプラって、何であんなに成形しにくいの?なかなか溶けないし、流動世も悪いし・・・。」とのご質問を頂きました。


そこで、技術を担当させて頂いています私、本堀がこのご質問にお答え致します。


皆様ご存知の様に、「エンジニアプラスチック(通称:エンプラ)」とは、耐熱性や機械的強度に優れ、主に工業など高い性能が求められる分野で使われているプラスチックの事です。


この「エンジニアプラスチック」という言葉は、1960年に米国のデュポン社がポリアセタール(POM)のホモポリマーを商品化した際に、“金属の代替材料としてのプラスチック”という意味で使われ始めました。


金属に匹敵する耐熱性や機械的強度を持ち、その上プラスチックの長所である軽量性、耐食性、着色性などを持ち合わせるというエンジニアリングプラスチックの登場は産業界に大きなインパクトを与えました。


例えば、ポリアセタールのホモポリマーの引張り強度は約70MPaですが、これは汎用プラスチックの代表格であるポリプロピレンの引張り強度約34MPaの2倍程度もあり、エンジニアリングプラスチックの機械的強度面でのメリットがお分かり頂けるかと思います。


エンジニアプラスチックについて取り留めて明確な定義がある訳ではありませんが、概ね「引張強度50MPa以上、曲げ弾性率2GPa以上、耐熱性(熱変形および熱劣化)100℃以上」と言われる事が多いです。


特に耐熱性が150℃以上の高温下で長時間使用できるエンジニアリングプラスチックの事を「スーパーエンジニアリングプラスチック(スーパーエンプラ)」と呼び、これに対して通常のエンジニアリングプラスチックの事を「汎用エンジニアリングプラスチック(汎用エンプラ)」と呼びます。





汎用エンジニアリングプラスチックの中でも特に幅広く利用されている、ポリカーボネート(PC)、変性ポリフェニレンエーテル(m-PPE)、ポリアミド(PA)、ポリアセタール(POM)、飽和ポリエステル(PBT、PET)の5種を「5大汎用エンジニアリングプラスチック」と呼びます。


この様に優れた機械的な強度と耐熱性を有するエンプラなのですが、これらの成形加工は技術的に結構難しいという側面も有しています。


第一に、「ガラス転移点(Tg)や融点(Tm)が非常に高く、長時間加熱すると熱分解を起こしてしまう」というハードルが挙げられます。


例えば、ポリカーボネート(PC)の溶融温度は230~240℃であり、成形を行う場合の温度(成形温度)は300℃程度に達します。


他方、PCの熱分解温度は320℃と成形温度に近いため、長時間の加熱によりPC分子の熱分解が生じやすく、成形品の機械的物性の低下も見られる事があります。


第二に、「溶融時の粘度(溶融粘度)が非常に高く、流動性が悪くなる」という非常に厄介な問題点もあります。


溶融粘度が高いと金型内での流れが悪くなり、成形品の形状よっては部分的に応力が残留し(=ひずみが残る)、後日クラックが生じてしまう事があります。


そのため、エンプラの射出成形においては、「成形温度を高めにとって射出圧を保ちながら、金型温度を高めに設定した状態で、冷却時間を長くとる」という基本的戦略に従うのですが、この成形条件の設定というのが中々難しいものなのです。


私もエンプラの成形トラブルに関するご相談を頂く事が多いのですが、そのほとんどは成形条件の適正化に関するものです。


それにしても、なぜエンプラはガラス転移点(Tg)や融点(Tm)が高く、溶融時の流動性が悪くなる」のでしょうか?“化学の眼”を通して考えてみましょう。


エンプラの持つ「機械的な強度」や「熱に対する強度(耐熱性)」というものは、プラスチックに力学的エネルギーや熱エネルギーが与えられた際に、如何にプラスチックを構成する高分子鎖が動かず(=変形しない)、切断されない(=分解しない)程度であると言えます。


つまり、高分子鎖の「変形」と「分解」を如何に抑えるかという点がポイントとなり、「高分子鎖が動きにくく、化学的に安定な高分子の構造を設計する」という事がエンプラの分子設計における基本的な戦略となります。


この方針に従い、現在上市されているエンプラの多くは、分子内の主鎖や側鎖にかさ高い置換基を有しています。





これは、かさ高い置換基の存在が高分子鎖を剛直にすると共に、高分子鎖の運動を阻害する事で、高分子鎖の変形を抑制するためです。


運動が阻害された高分子鎖を動かすためには、より多くのエネルギーを“熱エネルギーの形”で与える必要がある訳でありまして、これがガラス転移点や融点が高くなる理由という事になります。


次に「溶融時の流動性が悪くなる」という点についてですが、これは分子鎖同士の「絡み合い」という現象を考える必要があります。


プラスチックは、多くのモノマーが共有結合で結ばれた高分子(ポリマー)から成っているのですが、実際には、固体状態における高分子鎖は、糸まり状に縮れ、分子同士が絡まった部分が多くを占めています





先に述べました様に、エンプラは分子内の主鎖や側鎖にかさ高い置換基を有しています。


そのため、エンプラの分子構造は剛直で伸び切った形になり易いと思われる方も多いかと思いますが、実は違うのです。


エンプラの多くは、分子内に酸素原子が介在した“柔軟で屈曲性に富む”エーテル結合(-C-O-C-)を持つものが多く、実際には、エンプラの分子はモノマー単位(ユニット)では剛直であるものの、高分子鎖全体としては丸まり易く、他の高分子鎖と絡み易い状態にあります


例えば、スーパーエンプラの中でも格段の耐熱性を誇るポリイミドの分子構造を下図に示しますが、モノマー単位では環構造でガチガチに固められているため、分子運動が阻害され、結果的に非常に高い耐熱性を示します。


しかし、モノマー単位内に一つエーテル結合を有しており、この部分は比較的自由に折れ曲がったり、回転したりする事ができるため、ポリイミド分子鎖全体としては糸まり状に丸まった状態で存在し、他のポリイミド分子鎖と絡み合っています。





この高分子鎖同士の絡み合いの程度(数)は、高分子鎖に特有の「絡み合い点間分子量(Me)」という概念で評価されるのですが、少し難しい話になるので今回は割愛します。





いずれにせよ、エンプラにおいては、モノマー単位では非常に剛直な構造を持っているものの、高分子鎖全体としては糸まり状に丸まりながら他の高分子鎖と複雑に絡み合っている状態にあると言えます。


この高分子鎖間における絡み合いが多くなれば、基本的に機械的な強度や耐熱性は向上するのですが、同時に絡み合いの増加に伴い高分子鎖が動きにくくなるため、流動性が低下してしまうのです。


そのため、精密な構造が要求される成形品においては、あえて低分子量のグレードを用いて流動性を確保する戦略が採られる事があります。


例えば、ポリカーボネートを用いたCDやDVDといった光メディアの製造においては、熱溶融状態の樹脂を射出成形することで信号(微小の凹凸)を転写します。


この微小な凹凸をキレイに転写するためには、溶融粘度が低く流動性に富むプラスチックが有利となります。


通常のPCは熱溶融時の流動性が悪いため、CDやDVD用途の場合、分子量を15000程度まで下げて流動性を確保しています。


確かに分子量を下げれば成形時に流動性は確保できますが、PCの“売り”である機械的な強度は大幅に低下する事になりますね。


エンジニアリングプラスチックは優れた強度と耐熱性を併せ持つ素晴らしい材料なのですが、成形に際しては成形条件を十分に吟味して行う必要がある上級者向けの素材であると言えましょう。


このパナ・ケミカル会員ページは、市況や業界動向のみならず“プラスチック技術のデータベース”としての役割もありますので、会員の皆様に有益に活用して頂ければと思います。

 
 
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